BEATLES forever
これまでビートルズについて考えてきましたが、そろそろまとめたいと思います。
1.BEATLES forever
私はビートルズについて二つの見方をしています。
一つは、楽しい歌と共に思い出せるポップスアイドル。
もう一つは、しっとりと語りかけるビートルズです。沢山あるヒット曲の中には、ジャズで取り上げられスタンダードにもなっている名曲があります。『イエスタデイ』や『サムシング』などでの存在感のある彼らも好きです。
ポップスアイドルとして記憶されるか、またはスタンダードナンバーで記憶されるか。
いずれにしても名曲揃いで、これらのビートルズの曲は音楽界の至宝です。これからも人々の記憶と記録に残り、現在のような人気を継続していって欲しいものです。

2.筆者の想い
さて、ここからは筆者自身の思いを語らせてください。
沢山の曲の中から一つ選べ、と言われたら、やはり『イマジン』でしょうか。オノ・ヨーコさんから発してジョン・レノンがまとめた名詩です。
前衛芸術家であり平和運動家でもあるオノ・ヨーコさんの詩集、『グレープフルーツ・ジュース』。その中にイマジンという詩が登場します。ジョン・レノンはこの詩に影響されて曲ができた、と言っています。
英語のimagineは動詞で「空想する」という意味を超えた、能動的な創造性を指します。
ジョン・レノンの『イマジン』を、筆者は次の様に意訳しました。
『イマジン』(筆者意訳版)
想像してみなよ!
天国も地獄もありゃしない
宗教も国家もなんだっていうんだ!
みんなが平和に仲良く生きていけりゃそれでいいんだ!
と本音で捨てゼリフを吐いていたジョン・レノン。

さて、そんなジョン・レノンは、亡くなる数年前には日本とニューヨークを行ったり来たりするほど日本が大好きでした。それは彼の中にあった日本、つまりオノ・ヨーコさんとの出会いにあったわけです。
私たち日本人の心、などと取り立てて言いませんが、イマジンの詩の根底にはオノ・ヨーコさんを通して得た日本人の心や、日本人の持っている万葉集や古今和歌集、源氏物語などに至る心が流れていたのだと思います。
3.二人の出会い
最後に、この二人の出会いのシーンを載せます。
ジョン・レノンとオノ・ヨーコさんの出会いは、1966年11月9日でした。
ロンドンで開催された彼女の前衛芸術の個展会場でのこと。「天井の絵」という作品があり、脚立を登り、天井からぶら下がった虫眼鏡を使って小さな文字を読むのです。ジョンが登って覗き込むとそこには「YES」と書かれていました。
後にジョンは「もしそこに”No”や意地の悪い言葉が書かれていたら、すぐに画廊を出ていただろう。『YES』だったからこそ、心温まる気持ちになり救われた」と言っています。ジョンは、「YES」というそのポジティブな言葉にひかれたのです。
そして、次の展示物「釘を打つ」での会話が二人をさらに近づけることになり、意気投合しました。

恋人同士になった二人は、1968年には二人の最初のコラボレーション・アルバム『「未完成」作品第1番 トゥー・ヴァージンズ』を制作・発表し、音楽、芸術、平和運動において強い絆で結ばれ、1969年に結婚したのでした。
(ビートルズ 完)
萩原光男