フジコ・ヘミングの音と音楽性 その4

~レパートリーから考察する音楽性・キーワードとしての「パリ」~

今回も引き続きフジコ・ヘミングについて触れていきましょう。

●ベートーヴェン演奏に合うピアノと、印象派の音楽に合うピアノ

フジコ・ヘミングが演奏したベートーヴェンのピアノ曲は、ピアノ協奏曲、皇帝もあります。前回のエッセイでも触れましたが、ベートーヴェンが特に嫌いだったというわけではなく印象派に偏ったのだと思います。

楽器の面から考察すると、ベートーヴェンを演奏するのに適した楽器と、印象派を演奏するのに適した楽器があると言えるでしょう。

まずベートーヴェンの曲を弾くピアノですが、低音から高音まで広い帯域でダイナミックかつ安定した表現が求められると言えます。
ピアノが完成期を迎えた時代、多くのピアノメーカーがベートーヴェンにテストを依頼したことはよく知られています。ベートーヴェンも、低音を強打して表現するなどピアノの機能を試すような表現を曲に入れたようです。

印象派が多かったフジコ・ヘミングの使うピアノにもまた特徴があり、美しい音色を好んでいました。以前エッセイでも紹介した彼女自身の言葉の通り、まさに「一つ一つの音に色をつけるように弾いている」のです。

●フジコ・ヘミングの高評価がピアノ音楽鑑賞に投げかけるもの

以上ここまで、フジコ・ヘミングの音楽を味わうための基礎的な事柄をまとめてみました。ここで見えてきたのは、ピアノ音楽をもっと多様な観点で楽しんだ方が良いと言うことです。
そこで、今回のまとめとしてピアノ演奏とコンテスト、ピアノという楽器を整理してみたいと思います。

・ピアノ演奏におけるコンテストの貢献とその功罪

ショパン国際ピアノコンクールをはじめとして、沢山のピアノコンテストがあります。ここを登竜門として多くの演奏者が登場し、私達音楽ファンを楽しませてくれました。
コンテスト上位入賞を目指して演奏家は頑張り、ピアノメーカーもまた、上位入賞者に使われるべく努力してきました。このような演奏家育成システムは非常に有効で、その成果を色々な面で確認することができます。

その一方で、ピアノという楽器はコンテストによって弱肉強食的な状況に陥っています。
「恋するピアニスト フジコ・ヘミング」では、異なるメーカーのピアノが沢山出てきました。必ずしもスタインウェイだけが良いわけではない、魅力的な音で演奏家には愛されているけれども、量的売上を確保できずに消えていく運命にあるメーカーの存在は忘れられません。

この話は大きなテーマなので、また別項で扱うことにしましょう。

現時点で私が音楽界に期待したいのは、フジコ・ヘミングの高評価にあるピアノ音楽の多様性をメディアも音楽界も声高にアピールし、「ピアノ音楽はもっと楽しい」と言ってくれることです。

次回は彼女の生活スタイルや住居にアプローチして、フジコ・ヘミングの音と音楽性について考えていきましょう。

萩原光男