現状報告、日本のジャズ! 第1回 渡辺貞夫
今回から日本のジャズの近況について考えてみましょう。
まず取り上げたいのが戦後の日本ジャズ界を代表する渡辺貞夫の近況についてです。彼は元気です。
日本ジャズ界の大御所ともいうべき渡辺貞夫(敬称略)は、2025年10月「ホープ・フォー・トゥモロー」というライブレコーディング・アルバムを92歳にして出しました。
このアルバムは2024年に全国ライブ演奏ツアーで録音した曲を集めたもので、サントリーホールなど4つのホールで行われたライブをまとめています。

渡辺貞夫と言えば、日本人ジャズマンとして1960年代以降絶大な人気を誇っていました。なんと言っても、1980年には武道館を3日間満員にしたこともあるのですから。
ジャズ界でそんな日本人はいませんでした。人気のほどが窺われます。
彼の貢献と言えば、多くの日本人ジャズマンを育てたことでしょう。
既にアメリカで活躍していた秋吉敏子のサポートでバークリー音楽大学に行き、1965年に帰国しました。その彼の元へたくさんのジャズ志望の若者が来たのです。
「戻って2週間ぐらいしたら菊地雅章が来ましてね。バークリーで教わったことを教えてくれと。どうせ教えるのだったら、1人じゃもったいないし(後略)」(注1)
最初は15人から20人ぐらいの集まりが4年ほど続き、それから銀座にスタジオを借りたり、ヤマハで週1回7年ぐらい教えたとのことです。そうして菊地雅章はじめ、山下洋輔、原田政長、富樫雅彦など多くのジャズマンを排出したのでした。
(注1、小川隆夫著「証言で綴る日本のジャズ)

ところで、渡辺貞夫とはどんな人でしょう。
バークレー音楽大学にいたころ、彼は学業と共に演奏活動も行っていました。
アメリカの多くのジャズマンと知り合いで、アメリカでの仕事もありますが、現在の拠点は日本に置いています。母国日本が大好きなのです。学校のためアメリカに3年ほどいましたが、ホームシックになって帰国したのです。
性格的に明るく、深刻ぶった表情の写真は少ないと思います。写真家でもある彼は写真集を何冊か出していて、アフリカの写真集などもあります。
萩原光男

