フジコ・ヘミングの音と音楽性 その3


~レパートリーから考察する音楽性・キーワードとしての「パリ」~

10月に封切られた映画「恋するピアニスト フジコ・ヘミング」(小松荘一良監督)は全編がほとんど彼女のモノローグで構成されています。

映画の最後に彼女がこんな内容のことを言います。
「私の演奏は、当時は時代は変わって行ってしまった。でも、最近少しもどってきてるようだ」と。

恋するピアニスト フジコ・ヘミング、サウンドトラックCD

これの意味するところは、フジコ・ヘミングの学んだ「歌う演奏」は彼女が活躍しようとした頃には時代遅れとなり「譜面通り速く正確に弾く演奏」に変わっていった、そして彼女のデビューから半世紀以上が経ち、いま再び「歌う演奏」が見直されつつあると読み取りました。

確かに、20世紀は速く正確でパワフルな演奏が主流になっていきました。ショパン国際ピアノコンクールだけ見ても、戦後1960年の優勝者マウリツィオ・ポリーニ、そしてマルタ・アルゲリッチなど、パワーとテクニックで疾走したピアニストが目につきます。

しかし、20世紀末から新世紀にかけて世界の潮流が変わり、経済やモノ作りなど技術やパワーの大きな流れを見直す世の中に入りました。その影響が音楽にも及んでいるのではないでしょうか。

フジコ・ヘミングの演奏が評価されたのは、まさにこの点にもあるようです。演奏の色つけや歌うことの重要性が見直されつつあるのかもしれません。この点を深く掘り下げて、ピアノ演奏や楽器ピアノのあり方、聴き方について考えていきましょう。

●フジコ・ヘミングのレパートリー

フジコ・ヘミングのレパートリーから、彼女の音楽の魅力や時代に訴えかけるものを考察してみます。
レパートリーにはベートーヴェンが少なく、ショパン、リスト、ドビュッシー、ラベルが多いと言う特徴があります。ですが、ベートーヴェンの曲はピアノ協奏曲の皇帝を録音しているので特に嫌いではないと思います。

・印象派音楽とフジコ・ヘミング

このレパートリーを理解するのに、「一つ一つの音に色をつけるように弾いている」と言う彼女の言葉が大きなキーワードになります。

印象派音楽で紐解いてみましょう。

印象派というネーミングは絵画の印象派に影響を受けていて、20世紀初頭にフランスで始まりました。ドビュッシーは「光と色彩の作曲家」と言われます。
ドビュッシーに始まったとされる印象派音楽にはラベルもいます。ラベルは、色彩豊かな音色が特徴で古典的な様式美も大切にしました。

印象派音楽はロマン派音楽のように主観的表現ではなく、激しい情緒や物語性の描写よりも気分や雰囲気の表現に比重を置いた音楽です。
ショパンはパリで活躍し、ドビュッシーやラベルなどの印象派の先駆者として、リスト等にも影響を与えました。

こうした、パリという舞台で活躍した作曲家を演奏するフジコ・ヘミング、そしてそのような文脈からは、どうしてもパリに住みたかった彼女の心の内が理解できてきます。

次回は、ベートーヴェン演奏に合うピアノと印象派の音楽に合うピアノ、フジコ・ヘミングへの評価を通して考える音楽鑑賞について触れていきます。

萩原光男