2つのカンパネラ ~フジコ・ヘミングと辻井伸行~ その1
フランツ・リスト作曲のラ・カンパネラは、フジコ・ヘミングさんのレパートリーで有名ですが、この曲の演奏にはもう一つ聴いて頂きたい素晴らしい演奏があります。辻井伸行さんのラ・カンパネラです。
この2人の対照的な演奏を比べてみましょう。
フジコ・ヘミングさんのカンパネラは深く思いを込めての演奏で独自の世界を歌います。特に、思いを込めて"歌う演奏"に徹して演奏されました。
一方、辻井さんの演奏は澄み切った清らかさが信条です。静寂な空間に響く、鋭く、強い打鍵です。
辻井さんのカンパネラは、私の音楽仲間が教えてくれたのですが、アンコールで弾かれることも多いようです。コンサートが終わると、この曲を聴いた聴衆は超絶ピアノ演奏の残影に広がる清らかな異世界を心に帰途につくのです。
この"2つのカンパネラ"について次のことを考えました。
・まず、日本人として、世界的レベルで語れる2人の演奏家が出現したこと
・もう一つは、この2人の芸術的に高いレベルにある独自の世界が、彼らの人生の中でどのように構築されたかということ

1、日本から世界的レベルの演奏家が出現したこと
オーディオの世界に生きて、音と音楽に関してなかなか世界の壁は越えられないことを痛感してきました。
しかし、フジコ・ヘミングさんの演奏は国際的な高い評価をいろんなところで確認することができます。その世界の壁を超えた評価を得られたのにはこんな理由もあった、と感じています。
一言でいえば、国際交流です。
欧州大陸では極めて一般的なことですが、陸続きのため民族の交流は常に行われ、その中で文化が育まれていきました。
フジコ・ヘミングさんも画家であるスウェーデン人の父親とピアニストである日本人の母親との間に産ました。こうして、フジコ・ヘミングさんの中に日本的なものと西欧文化が宿ったのです。
ところで、このような民族的な国際交流は最近は日本国内でも普通のこととして見られるようになりました。
欧米人かと思ったら、普通に日本語を話すテレビ俳優、優れた身体能力を引き継いでスポーツ活動で成果を出す人々など、日本もようやく国際化したと言えるでしょう。喜ばしいことです。

2、今まで日本人には出せなかった2つの音の生まれた背景
フジコ・ヘミングさんと辻井伸行さんの演奏がどのように芸術的高みまで熟成されたかについて考えてみたいと思います。
ショパン国際ピアノコンクールなど各種のピアノコンクールは、一流の演奏家になるための登竜門です。しかし、コンクール入賞は入学試験に受かったということなので、長く演奏活動をして名演奏家と言われるにはそこからが大事なのです。コンクール入賞を果たしても、何年かすると名前も聞かないようになる演奏家は多いと言えるでしょう。
ただし、コンクールだけが名演奏家になるための条件というわけではありません。そのあたり、一般論として名演奏家はどう生まれるのでしようか、またこの2人の演奏家はどうなのか。
次回以降、対照的な2人をみていきましょう。
萩原光男