元JVCケンウッド音質マイスター 萩原光男 が行く「世界音紀行♪」 第6章

萩原光男さんが行く「世界音紀行♪」の第6回目、今回は萩原さんのウィーン散策を語ってくれます。

私の「世界音紀行♪」は、いかがだったでしょうか?

お付き合い頂いた旅行記も、前回までのコンサート報告で一段落です。コンサートを聴けば、ほぼ目的を達成したようなものです。今回は、旅行記として、音と音楽を切り口にウィーンという町を散策して感じた印象を報告しましょう。

3泊4日のウィーン滞在でしたが、夜のコンサートがメインですから昼間は市内のリングという環状に電車が走っている周辺の観光スポットを、疲れない程度に回りました。

なんと言ってもウィーンにはあのムジークフェラインザールの音が溢れている、というのが私の印象です。滑らかな品位のある中高域で豊かな響きと、ウィンナーワルツを思わせるようなリズムを感じる軽い空気がありました。過去二回、ウィーンにきた時はコンサートを聞くだけで、十分には市内観光が出来ませんでしたので、そのような音の印象として心に刻まれただけでした。今回はその理由をじっくり考察しました。

その理由の第一には、中部ヨーロッパという大陸的な気候のため湿度が低く、軽く弾むような空気があることです。この乾燥した空気のために、建物や家具や楽器なども乾燥して良い音がするのです。高価な楽器でなくても向こうに持っていくといい音がすると言われるくらいです。

また、街全体の建物が歴史的に古く、モーツァルトやベートーベンの時代の建物なので、建物自体が枯れた、オーディオでいえば十分にエージングされているのです。

こんな表現は、ウィーン好みの私の個人的な嗜好が入っていて恐縮ですが、もう少しお付き合いください。

例えばモーツァルトハウスという、モーツァルトが住んでいた建物が観光スポットになっている場所があります。ここもやはりムジークフェラインザールと同じ音がするのです。そこは天井が高く壁は漆喰でできていて、漆喰が滑らかな品位のある中高域をつくり、天井の高さで生まれる頭上の空間では音が交錯して豊かな響きが作られるのです。

ムジークフェラインザールの音の分析の中に漆喰の壁がありますが漆喰の壁には独特の柔らかさと、音の滑らかさがあるのです。

天井の高さはどの家も一般的に高くなっています。たまたま宿泊したホテルも食堂の天井が高く漆喰の壁でここも同じ響きがありました。このように頭上に大きな空間がある形はキリスト教の教会に多く使われ、日本にあるキリスト教の教会でも天井が高い作りになっており、讃美歌やオルガンが豊かな響きで聴こえます。市内の王宮も観光スポットになっており、ここは古楽器の博物館になっています。モーツァルトが使ったピアノやベートーベンの使ったピアノなど、古代からの歴史的な楽器が展示されています。それらをみながら王宮を一巡しましたが、壁は漆喰か大理石造りで、天井は高くやはりコンサート会場を思わせる響きがありました。

私は、音と風土は切り離せない関係にあると思っています。中部ヨーロッパという気候と当時の建築文化が作ったもの、その風土があって出来上がったモーツァルトやベートーベン、ブラームスなどの音楽、そしてそれがウィーンフィルに引き継がれ、あのカラヤンがこだわり、独特の響きを持って音楽を行ったのも、オーストリアのウィーンという風土を抜きにしては考えられない、と思うのです。

ところでこのような音は日本では聴けないのでしょうか。滑らかな品位のある中高域で、豊かな響きがあり、乾いた軽い空気が作る躍動感のある音です。

日本のコンサートホールではなかなか感じられない音です。冬の乾燥期でないと難しいでしょう。私は、ややこれに近い音は、冬の東京文化会館で1970年代にゲバントハウス管弦楽団がクルトマズアの指揮でブラームスの四番のシンフォニーを演奏した時に感じました。考えてみると、演奏に関しては、そのような風土に育って、そのような音を知っている演奏家、という条件も重要なのかもしれません。

以前、自分が使用していた試聴室でも、量産前の試作品を調整しながら冬にこのような音を何回か感じました。最近ではあるショールームでウェスタンエレクトリック相当のスピーカーをよくチューニングされた真空管のアンプで聴いた時に感じました。それでも、この音を経験できるのは多くはありません。この音は、私の音作りの一つの目標でした。

このような音作りのために技術的にはどこがポイントかというと、低音に関しては、単に周波数特性を伸ばすだけではなく、音楽に必要なオーディオ帯域を踏まえて適切にコントロールします。欧米音楽に合った膨らみを持たせ、躍動感を感じられるように調整します。旅行記から脱線しましたが、音と音楽と、またウィーンという街そのものに関して、たいへん収穫の多い旅行でした。

王宮の内部

古楽器博物館で見た不思議なギター

モーツァルトハウスにある通り

モーツァルトの住んだ家の部屋

東京ブラインド工業のフェルトーンとウィーンの音(フェルトーンの低音への貢献)

今回は、風土としてのウィーンを考察してみました。

上記の文章では、「響き」というと、中高域がイメージされるかもしれません。しかし、中高域も重要ですが、欧米の音について語る時、低音は最も重要です。低音がコンサートホールに空気の塊となって躍動するリズム感や、ブウ~ンと尾をひいての響く音は日本のホールではなかなか良い音で体験できません。これも風土が関係していて、乾いた空気でなければ、軽く漂うような音は難しいと思います。日本では、冬の乾燥した時期には体験できますが、このような低音は、欧米ではキリスト教のドームと言われる大聖堂や普通の町の教会のパイプオルガンでも体験できます。

日本ではドームはもちろん、パイプオルガンもサントリーホールなどにいかないと聴けません。話がそれましたが、フェルトーンは実は、低音のコントロールにこそ威力を発揮するのです。それは、フェルトーンと背後の壁面や窓ガラスとの間に、できる空気層が低音を吸音するのです。

吸音材といっても、低音はなかなか吸音しません。周波数に対応した空気の容積がないと吸音できないのです。

フェルトーンはこの空気層の容積で効果を発揮します。

この低音に対する効果は、今回のドイツでの展示会でもドイツの音評論家にプレゼンして好評を博しました。